日本政府は2024年12月に「土地等利用状況審議会」を開き、国の安全保障にとって重要な施設周辺の土地や建物が、外国資本によってどれぐらい取得されているかを含む調査結果を公表した。
日本では2023年まで自衛隊の基地周辺などの土地・建物取得に明確な規制を行ってこなかった。規制が本格的に始まったのは2022年9月に重要土地等調査法が全面施行され、重要な土地を指定することになってから。今回、それを踏まえて、外国資本などによる土地取得のデータが初めて政府から公開されたわけだ。
調査結果によれば、大方の予想通り、外国人や外国法人で最も多く日本の土地を取得しているのは中国だった。中国は全体の54.7%を占め、2位の韓国(13.2%)と大きく差を開けている。
今回の調査では、指定された重要施設への妨害行為などは確認できなかったという。もっとも、中国相手なら油断は禁物で、データ収集などをしている可能性もある。そこで本稿では公表された数字の裏にある、中国による土地取得の実態を見ていきたい。
なぜか防衛省周辺に集中
重要土地等調査法とは、安全保障上、重要な土地の利用を規制するもの。自衛隊基地や原発など重要施設の周囲1キロや、国境離島を「注視区域」や「特別注視区域」と規定し、一定以上の面積の土地などを売買する際に事前の届け出を義務付ける。2023年から2024年の間に4回の区域指定を行い、現在、その数は583カ所に上る。
今回の調査結果は、2023年~2024年1月までに指定された339カ所が対象になっている。この指定区域で購入された土地・建物は、日本人も含めると全体で1万6862件で、そのうち外国人・外国法人が購入したケースは371件。国別では中国が全体の半分を超す203件で最多だった。
言うまでもなく、国外勢力から土地や建物を次々に取得されることは国の安全保障に直結するため、規制強化を求める声は以前から上がっていた。特に、強権的な政府が統治する中国による土地購入に対する不安が高まっている。
調査結果を詳しく見ていくと、中国人は防衛省周辺に興味を示していることがわかる。中国が2023年に取得した指定区域内の203件のうち、65件は新宿区にある防衛省の近くだった。陸上自衛隊の補給統制本部や練⾺駐屯地の近くでも多数取得されていた。
中国は、こうした重要区域近くの土地・建物を取得して何をしようとしているのか。もちろん純粋にビジネス目的のものもあるだろうが、それ以外で考えられるのは、その重要区域に対する情報活動や電波傍受、さらに妨害電波の発射などだ。
世界で警戒される中国のスパイ活動
最近、イギリスでは、首都ロンドンの中国大使館をめぐってもめ事が起きている。中国大使館は移転を計画し、ロンドン中心部にある王立造幣局の跡地の土地を購入。改装工事などを行うと申請しているが、地元議会が、盗聴など安全保障上の懸念と住民へのマイナス影響を理由に却下した。イギリスでは重要地域の土地を中国などに購入されれば、スパイ活動の拠点として通信傍受などが行われる危険があるものと認識される。
東京でもこんな話がある。中国大使館が渋谷区に所有する中国大使館恵比寿別館が、近くにある台北経済文化代表処(台湾の外交代表機構)の通信を傍受している可能性があるとして、警察当局が警戒しているのだ。
こうしたケースは世界各地で見受けられる。つまり、中国は土地などを入手してスパイ活動に使おうとしていると見られており、世界的にも警戒されている。
また中国は、日本で太陽光パネル設置のために土地を獲得し、そこを隠れ蓑にしてスパイ活動をしているのではないかとの指摘もある。日本の公安当局者は次のように話す。「太陽光発電のために土地を購入すると言いながら、実際には中国共産党員でスパイ機関の統一戦線工作部につながりのある中国人が経営する企業が、静岡県御殿場市の防衛関係施設の近くの土地を購入していた例も確認している。油断ならない」
しかも日本では、太陽光パネルを設置して発電すれば、FIT制度(固定価格買取制度)で電力会社が電気を買い取ってくれる。この額が日本は諸外国と比べて高いので、中国が目を付けており、公安当局も警戒心を隠さない。
ちなみに、このFIT制度の買取費用は、私たちが払う電気代に含まれる賦課金で支払われている。ある政府関係者は「再エネ賦課金で中国関連企業などが日本で手に入れている賦課金の総額は、2023年度に20億円ほどになっている」と話す。要は、国民の払った電気代が中国人や法人に支払われているのだが、中国は金もうけだけでなく、スパイ工作にもそうした土地を悪用している可能性があるわけだ。
「有事」に何が起こるか
日本全国に目を向けると怪しいケースはいくつもある。例えば、在日中国人が沖縄の離島のホテルを購入し、近接する港に出入りする艦船を監視する目的だった可能性が指摘されたことがある。中国の武装警察出身で華僑団体幹部の在日中国人が経営する不動産会社が、自衛隊基地から3キロのところにある「水資源保全地域」の農業跡地を買収し、公安当局が監視対象にしたケースもある。
風力発電事業を行うとして、在日中国人が土地を購入したが、実際に風力発電は行われていないという事例もある。これは近くに自衛隊レーダーなどがある場所だ。
今日本では、ある華僑系の不動産協会が、中国人向けに土地購入を手助けするオンラインサービスを開始している。土地購入の手続きなども詳細に解説し、アドバイスもするなど、ますます日本における土地や建物の購入がしやすくなっている。
さらに言えば、不動産売買はマネーロンダリングに使われる可能性もあるから、外国人による土地・建物の購入には細心の注意が必要となる。日本人による取引以上に目を光らせなければ、日本の土地売買が外国資本による犯罪の温床となる恐れもある。
こうして日本の土地・建物を獲得されていけば、取り返しのつかないことになりかねない。中国には、国防動員法と呼ばれる法律が存在する。これは有事における人員や物資の動員については政府の管理下に置けるというもので、仮に武力衝突などの非常事態を迎えた場合、中国は自分たちが管理する土地・建物であるなどと主張して、日本の土地を悪用するという可能性も否定できない。そんな脅威を放置すべきではない。
重要土地等調査法はもちろん重要な第一歩だが、ここまで見てきた通り、中国人や中国法人は日本で土地・建物の獲得を続けている。2024年3月には、当時の岸田文雄首相が土地取得そのものを規制する法改正を検討すると発言している。日本人の安全と財産を守るために、外国資本による土地購入にはさらに厳しい対応を検討すべきだろう。(2025年1月29日掲載)
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山田 敏弘(やまだ としひろ)
国際情勢アナリスト、日本大学客員研究員。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版、MIT(マサチューセッツ工科大学)フルブライトフェローを経てフリーに。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)。著書に『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』、『CIAスパイ養成官』、『サイバー戦争の今』、『世界のスパイから喰いモノにされる日本』、『死体格差 異状死17万人の衝撃』など。