支援が必要な高齢者や障害者の介護の世界にはさまざまな資格があるが、専門職の介護福祉士は唯一の国家資格。その受験資格を取得するためには、実務経験を3年以上積んだ後に必要な研修を受ける「実務経験ルート」、大学や専門学校など「養成施設ルート」、インドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国を対象にした「EPAルート」のほか、高校の福祉科や総合学科で福祉について専門的に学ぶ「福祉系高校ルート」がある。
高齢者の増加や障害者への支援強化で、介護人材のニーズは高まっている一方、介護職には低賃金で重労働というマイナスイメージがあるため、人材確保に苦労する施設も珍しくない。「いろいろな経験を積んでからの方がいいのではないか」と話す老人福祉施設職員も少なくないが、あえて15歳で福祉の道を目指す生徒の思いと現実を探るため、大分県立大分南高等学校(若林剛校長、生徒数581人)を訪ねた。(時事通信編集委員 内部学)
充実した施設
介護福祉士を養成する高校は全国に111校ある。24年の国家試験の合格者数(既卒を含む)は2113人だった。大分南高校は、全国的に珍しく福祉科2クラスを設置しているため、常に合格者数は全国1位を誇っている。
大分南高校で11年12月に完成した4階建ての福祉科実習棟には、入浴実習室や介護実習室などがあり、介護職員の負担軽減のため要介護者の持ち上げや抱え上げを機械化するリフトをはじめ先進器具が備わっている。
受験の際、普通科の志望者が福祉科を第2志望とすることもできる。第2志望の合格者でも、福祉科での学習が合って介護職に就く生徒も多いという。
校外施設で60日間実習
1年生での教科は国語、数学など普通教科が半分以上を占めるが、2、3年生になると専門教科が増えてくる。専門教科では、1学級が最大四つのグループに分けられて少人数教育で学びを深めている。校内での授業だけでなく、介護施設での実習も60日間予定されている。
実際の授業をのぞいてみたところ、1年生が「生活支援技術」で、左半身にまひがあるという設定の要介護者の体の向きを変えることを学んでいた。実習着姿の生徒が2人1組になって、まず、互いの服装や爪、髪の毛の状況をチェック。髪は耳が見えるように整え、爪が伸びていればその場で切る。
教員が4種類あるまひの症状など、基礎的な知識を教えた後、生徒の一方がベッドにあおむけに横たわって被介助者役に、もう1人が介護職員役としてベッドの横に立っていよいよ実習が始まった。まず、ベッドに横たわった生徒が左半身まひになったと想定、実際に左半身に力が入らない状態で、あおむけ状態から左半身を下にする動作が自力では難しくなることを実感。続いて、教員から手渡されたメモに従って、介護職員役の生徒が被介助者役の生徒の左ひじを右手で持ち、自分の右足のつま先を被介助者役の左ひざの裏側に入れた状態で、被介助者役の顔を右に向け、左手を引っ張ると、うまく回転できた。生徒から「おー」という声が上がり、納得した表情が見て取れた。
人を相手にする仕事だけに、コミュニケーション能力の向上には特に力を入れている。そのため、例えば施設のクリスマス会への参加などボランティア活動も積極的に参加するよう指導している。
介護福祉士に重要な学力、学習習慣、時間管理能力を養うため、1日当たり30分程度かかる課題プリントを配布して、自宅学習を習慣化させている。
国家試験対策としては、福祉科教員手作りの一問一答集を配布、模擬試験も月1回実施するなど、手厚くバックアップしている。
県内就職率100%、大分大進学者も
福祉科の進路は年度によって異なるが、進学が6、7割、就職が3、4割で、大学や専修学校などで学びを深める生徒も多い。また、学校推薦型選抜を利用して大分大学福祉健康科学部に進学する生徒もいる。就職する生徒は100%県内の施設などに採用されている。
同校福祉科の児玉美紀子主任によると、福祉施設を移ることはあっても、最近は初任給も比較的上昇しているためか、福祉業界内での定着率は高いようだ。就職後10年程度で施設のリーダーとして活躍している生徒も多い。
15歳で福祉の道に進む意義は何か。児玉主任は「高校は知徳体を総合的に学べる。基本的な知識や技術のほか、福祉マインドも身に付く」とメリットを話す。かつては「高校生に本当にできるのか」という懐疑的な施設も多かったが、今では基本に忠実で素直だと実習受け入れを歓迎する施設も多い。
3年生の井上凛太郎さんは、中学校の部活動(ソフトテニス)で左肘を負傷した際、リハビリを担当してくれた理学療法士に憧れ、介護福祉士の資格があると有利だと考え志望したという。既に大学進学が決まり、福祉の教員免許取得を目指している。3年生の甲斐百葉さんは、同校に進学した姉の影響で選んだ。介護実習でコミュニケーションの大切さや入浴介護の大変さを学んだ。卒業後は最初の実習先だった障害者施設に就職する。
ただ、課題が多いのも事実。介護福祉士の国家試験の受験資格を得るためには、文部科学相と厚生労働相の基準に沿わなければならず、事務手続きなど教員の負担は大きい。科目によっては看護師の資格を持つ教員が必要となり、その確保に苦労しているという。ただ、教員不足は教育界全体の課題ではあるが、卒業生が教育実習で同校に戻ってくるなど、明るい兆しもあるようだ。
普通科だけが高校ではない。15歳である程度将来を決めるのは、親も子も覚悟が必要かもしれないが、福祉科に進学したからといって福祉施設に就職することを強制されているわけではない。むしろ、選択肢が広がると考えてもいいのかもしれない。
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