中国共産党の指導下にある国営テレビが習近平国家主席(党総書記)を嘲笑するかのような不可解なニュース映像を流して、話題になっている。習主席の威信低下説もあるが、実際はどうなのか?(時事通信解説委員 西村哲也)
画面に「包子」
習主席は春節(旧正月)前の1月23日、東北地方の遼寧省視察の一環として、省都・瀋陽市内の大東副食品市場を訪れた。習主席の公式活動なので、国営中央テレビは当然これを報じたが、その中に習主席が包子(パオツ)売り場を訪れるシーンがあった。包子とは、日本で言う「中華まん」である。
問題は、包子が習主席のあだ名として知られていることだ。国家主席就任1年目の2013年、庶民的イメージを強調するため、北京市内の包子店にふらりと立ち寄って食事するというわざとらしいパフォーマンスをしたことがきっかけで広まったといわれる。中国国内で公言することはできないが、習主席に批判的な在外中国人などがよく使う。国内でも、内輪では使う人がいると思われる。
習主席はこの市場でいろいろな商品を見て回ったので、包子売り場の場面はカットしてもよかったはずだが、中央テレビはあえて数秒放送。しかも、習主席の後ろには「包子」という大きな字が映っていた。わざわざ、この2文字が入る角度から撮影したとしか思えない映像だった。
無理筋の庶民派アピール
中国メディアの中央指導者に関する報道にはさまざまな決まり事があり、最高指導者については特に厳しい。中央テレビを含む主要メディアはすべて、党中央宣伝部がコントロール。習政権3期目の指導部では、習主席の最側近で党中央書記局筆頭書記(幹事長に相当)の蔡奇氏が人事・組織運営のほかに宣伝工作も担当し、その配下の中央宣伝部長も習派が務めている。
このため、今回の「包子」映像を巡って、「習主席を辱めるものだ」「蔡書記の影響力減退を示す」といった見方が出ている。中国本土メディアとの付き合いが長い香港メディア関係者も「故意に包子のシーンを入れたと聞いている」と語った。
しかし、もし習派の意向に反して、このような映像を流せば、政治的に重大な「放送事故」となり、中央テレビの関係者は全員粛清されるだろう。現政権には習派に対抗する大勢力はないので、非主流派が宣伝工作に介入するということも考えにくい。
「包子」自体に悪い意味はなく、習主席は昨年2月の天津市視察でも「文化大革命の時期に天津駅で包子を食べて、おいしかった」と語っており、昔から包子が好きだったようだ。いかにも大衆的な食べ物だからであろう。
習主席は副首相や中央書記局書記を歴任した習仲勲氏(故人)の息子で、いわゆる「太子党」(高級幹部子弟)の典型だが、庶民派を演じたがる傾向がある。「人民に直接支持されるトップリーダー」を理想としているのだろう。今回も、経済低迷で苦しむ庶民に寄り添うポーズを見せるため、包子のあだ名を承知の上で、あえて包子売り場に声を掛け、その様子を報じさせたのかもしれない。
ただ、13年の包子店訪問と同様、政治的パフォーマンスとしてはやや無理筋で、変な疑念を招く効果の方が大きかったようだ。
視察3日後に爆弾事件
「包子」より深刻なのは、習主席視察から3日後に大東副食品市場の前で起きた爆発だ。近年の中国では珍しい本格的な爆弾事件だった可能性が大きい。
爆発は1月26日昼に発生。インターネット上で出回った発生時の様子とされる映像によると、黒い服装の人物が路上の二輪車に何らかの操作をして立ち去った直後に大きな爆発が起きた。多くの人が巻き込まれたが、当局は何の発表もしておらず、負傷者の数や死者の有無は不明。ネット上では発生直後に情報が伝えられたが、すぐに削除・規制されたとみられる。
このような重大事件に関する警察の発表がなく、報道も禁止されるのは珍しい。昨年9月の日本人男児刺殺(広東省深圳市)のような、中国共産党・政府にとって政治的に不都合な事件でも、簡単な発表・報道はあった。
習政権はこの事件について、習主席が最近視察した場所を狙ったテロではないかと疑って、特に神経質になっているように見える。犯行の動機が分からなくても、習主席視察の3日後に起きたことから、「不況を招いた習主席が庶民派アピールのパフォーマンスを披露したことへの反感に起因する犯行」といった見方が広がるのを恐れているだろう。
習主席を物理的に襲う行為でなくても、政治的に傷つけようとするテロであれば、中国では事実上、最も重大な犯罪であり、事件発生すら隠蔽(いんぺい)する異例の措置を取っても不思議ではない。
(2025年2月4日)