2024年9月12、13両日、「ECONOSEC JAPAN(エコノセック・ジャパン)2024 経済安全保障対策会議・展示会」が、東京都港区の東京都立産業貿易センター浜松町館で開かれる。経済覇権を巡る米国と中国の対立激化をはじめ旧来の国際秩序が揺らぐ中、経営戦略の大きな変革を迫られている企業や自治体にとって必見の会議・展示会だ。
開催に当たって、昨年9月に初めて開かれた際のクロージング鼎談(ていだん)の概要をお届けする。テーマは「中国とどう向き合うか」。実行委員会の委員長で明星大学経営学部教授の細川昌彦氏、副委員長で地経学研究所長の鈴木一人氏、三菱電機執行役員経済安全保障統括室長の伊藤隆氏が議論を繰り広げた。
政治的には不安要素いっぱい、でも経済的には切り離せない
細川 初めての試みとして経済安全保障対策会議・展示会が開かれました。企業の皆さんもたくさんいらっしゃっていると思いますが、やはり一番大事なことはプレーヤーとして経済安全保障を担っているという意識を持つことです。
クロージング鼎談のタイトルに中国という具体的な国名が出てきています。企業の皆さんにとって今、一番の大事で、直面している深刻な問題は中国だと思います。そこに焦点を当てながらお話させていただきたいと考えています。
鈴木さん、伊藤さん、どう感じてらっしゃいますか。
鈴木 中国との向き合い方と経済安全保障は大きなアジェンダ、テーマだと思います。
中国は巨大な市場で、非常に整ったインフラがあって、非常に勤勉な労働者がいて、いろいろな意味で、経済活動をするのに理想的で素晴らしい場だとは思います。
ただ、政治的にみると、ビジネスにとって不安なことがいっぱいあります。非常に不透明な規制、意思決定の不確実性、北京の中央政府と地方政府のずれ。積極的に国産化を進め、自分たちの産業を守る政策をとっているので、とにかく外国資本を排除していくという傾向がみられます。
経済的にはウィン・ウィンの形でも、政治的にはマイナス・サムの関係というのが今の中国です。この政治と経済のずれへの対応が非常に難しいのです。
伊藤 私はもともと半導体の営業マンです。入社は1986年、日米半導体第1次協定の年です。まさに通商とは不条理の塊であると認識しながら会社員としての人生を送ってきました。
今、中国でたくさんの不条理がありますが、それはどこにでもある話と思ってもいます。
30年前に比べれば、中国はかなり洗練されたと考えることもできます。
三菱電機は販売額の11%ほどが中国事業です。中国を切り離すことはあり得ないと考えています。
それでは、どうやって中国とお付き合いをしていくのか。中国とのビジネスでは、アメリカから受ける不条理もあります。不条理は中国にしかないわけではないとことを忘れてはならないと思っています。
経済安全保障の仕事をする上で、三菱電機では二つの問題に気を遣っています。一つ目は技術や情報をいかに管理するか。二つ目はサプライチェーンの強靭(きょうじん)化です。ただし、この二つだけやっていればいいかというと、それは違います。いろいろなエマージングリスクがあるので、きちんとアンテナを立てて、情報管理やサプライチェーンにどう影響するか気を付けていかなければならないと思っています。
技術の仕分けを 中国が狙う技術、日本が死守したい技術
細川 技術管理や情報管理、サプライチェーンのマネジメントに、企業の事業現場は直面しているとのお話がありました。
いずれの問題も経営層が判断しなければいけない。あらゆる技術を管理するのはばかげたことです。企業にとってどの事業分野、どの技術が大事なのか。きちんとプライオリティー(優先順位)をつけていく。死守しなきゃいけないのかどうかの仕分け。私は技術の仕分けと呼んでいますが、その作業も必要です。判断できるのは経営者しかいません。
企業がそういう議論をきちんとできるかどうかが問われると感じますが、いかがでしょうか。
鈴木 日本と中国が大事と思っている技術のずれもあります。中国が欲しい技術は、中国が弱い技術です。中国が優位に立っていると思っている技術のプライオリティーは低いのです。
日本企業が大事だと思うものと、中国が狙ってくるものとの区別を理解しておく必要があります。そのためにはインテリジェンス、つまり情報をきちんとつかんで、アンテナを高くしておく必要性があると思います。
伊藤 外部で何が起きているかを察知することは非常に大事です。加えて、三菱電機には15万人の社員がいます。中国国内でビジネスをしている人たちもたくさんいますが、どこの省、企業からアプローチがあったかという情報を経済安全保障統括室で一元的に分析、アセスメントしています。社内外の情報を集めて一元的に分析する機能も必要だと思います。
細川 中国がどの分野のどの技術を狙っているか、これはある程度分かっています。その技術を持っている日本企業はどこなのかまで、中国は情報を取ってリストを作っています。
早く欲しい技術を持っている企業に「ぜひ中国に来てください」と声を掛けます。合弁企業をつくって数年たつと相手方に技術が渡ってしまうこともあります。
もう一つ僕大事だと思うのは、同じ技術でも企業によって認識が違うことがあります。どの技術レベルまで日本にとどめるのか、中国に行ってもいいのか。業界としてどうしたらいいのかの議論が必要になってくるのではないかと思いますが、どうですか。
伊藤 自分たちの判断で問題ないと思ったことが、結果的に国益を損なうことになってしまってはいけないという感覚はあります。私たちは東京に本社を置き、財界活動もして、政府との関係性もある程度でき上がっていると自負しています。迷ったら政府とも相談をしながらやっていくのが大事と思っています。
しかし、政府と関係の薄い地方企業も含めて、政府がどう多くの企業に訴え掛けていくのか。政府のアウトリーチ活動も必要なのではないかと思いますが、どうお考えでしょうか。
鈴木 安全保障貿易管理で、これは輸出許可が必要、あれは輸出できると、ある程度国が決めてくれる時代が長く続きました。しかし、これからは判定ラインが非常に流動的になると思います。時代の変化、技術の変化とともに変わってくる。政府とやり取りしながら、そういう変化を見定めていくことになると思います。
地方の方々の経済安全保障を理解しておかなければならないという意識はすごく高いものがあります。ただ、結果的に判断できるのは東京です。特に関西圏や中京圏に非常に高い技術を持った企業が多くあります。地方に対するアウトリーチ活動が政府の課題だろうと思います。
細川 これから都道府県警と地元の企業の皆さん方とのコミュニケーションは大事になってくると常々思っています。
地方でもう一つ申し上げると、技術力があって大企業に基幹部品を納入している地方企業は多くあります。実はそういうところが気をつけなければなりません。大企業の皆さんは、自分たちだけで頑張って気をつけていても駄目です。
自社に基幹部品を納入している地方企業は大丈夫か。ある日突然、その企業が買収されるということもあり得るでしょう。
大企業の皆さんは、調達部門は安く調達することがいいことだということでやってきました。その結果、基幹部品を納入するサプライヤーが弱ってはいけません。
これから必要な経営判断というのは、安く調達するのではなく、持続可能な経営。サプライチェーンも含めて持続可能かどうかがものすごく大事で、大企業の経営者は頭を切り替えなければならないと思います。
鈴木 それをどうやって株主に説明するかが、いつも問われます。確かに持続可能な経営はいいが、本当に株主の利益になるのか。株主の理解をどう進めていくのか。こういうところの啓蒙(けいもう)、持続可能な経済が中長期的に日本の経済全体にとっても、また個社の経営にとっても重要なのだとマインドチェンジをしていかなければなりません。
細川 誤解されたら困るのは、全部のサプライチェーンについて、持続可能な姿勢でやらなければいけないかというと大間違いだということです。最初に申し上げたように仕分けが大事。基幹部品だから絶対に守らなきゃいけないというところには、そういう姿勢で臨む。一方、今まで通りに買い叩いて安く調達できたらいいと思うところもあるでしょう。その判断ができるかどうかは経営者です。仕分けをきっちりとやれる経営。これが一番大事だと思います。
「当事者意識を持って」、経済安保への向き合い方
伊藤 リスクマネジメントはコストなのかという話がありました。経済安全保障の話ではありませんが、2021年6月、三菱電機は品質不正、品質不適切の問題を起こしました。このときに即座に品質対策に300億円の費用を出す決定をしました。
この時、株価は落ち続けました。当時の時価総額は4兆円弱でしたが、6000億円以上を毀損(きそん)することになりました。
品質対策の300億円はコストです。でも株主の利益を6000億円以上毀損したことを考えれば、リスクマネジメントが単なるコストなのかどうか。一度考え直す必要はあるだろうと思います。
細川 サイバーの関係でいろいろな展示があったと思います。前日に高市早苗経済安全保障担当相とお話させていただいた時も、産業技術総合研究所での中国人研究者からの技術流出の問題を取り上げました。
産総研の問題というのは、他山の石とするべきです。国の研究機関だけの話ではないと思います。労務管理の問題は非常にセンシティブですが、いかに人の管理をしていくのか。不審な状況の端緒をつかんだ時に、どういうアクションを起こすのか。
いろいろ難しい問題はありますが、企業だけでは限界があります。いかに日ごろから警察関係の方々とコミュニケーションをとるか。端緒をつかんだ後にどうフォローしていくか。これからものすごく大事になってくると思います。
【関連記事】セキュリティー・クリアランス制度、総合的な国力強化に 高市経済安保担当相
鈴木 セキュリティー・クリアランス(適性評価)について、高市担当相が基調講演でお話しされていましたが、技術のセンシティビティーをどうカテゴライズしていくのか。技術の濃淡、重要性をきちんと評価し仕分けすること。それほど意識していなかったと思いますが、経営上の極めて重要な管理義務になっていくでしょう。
伊藤 情報に関しても、私たちは自分たちが進んでいるとは決して思っていません。国籍による管理は、労働基準法の問題もあるのでナンセンスです。一方、外為法のみなし輸出管理は、ほとんど自己申告のような形です。「あなたは特定国の支配を受けていますか」との質問に「はい」と答える社員は、まずいないと思います。
そうすると従業員の行動を管理することが必要になってきます。営業秘密に過度に触っている人物は誰なのか。過度に営業秘密に触っている人が、社外とどんなコンタクトをしているのかを見つけていくというところに収れんせざるを得ないと思います。
細川 経済安全保障対策会議・展示会をきっかけに、ぜひ皆さんも自分が主役で当事者、プレーヤーなのだという意識を持っていただきたい。
経済安全保障推進法について、規制は必要最小限にという、お決まりの反応をされる経済界幹部もいらっしゃいました。しかし規制される側という発想だけでは、経済安全保障は成り立たないと思います。皆さんが一緒になってつくり上げていく。その一歩になればと願って、クロージング鼎談を終わらせていただきます。
【第2回ECONOSEC JAPAN開催へ向けて】
細川 昌彦氏 この1年を振り返っても、経済安全保障を巡って内外の情勢は激動しています。企業は米国の対中規制強化、中国による黒鉛などの輸出規制などに直面しており、政府もセキュリティ・クリアランス制度や新たな技術管理制度など制度整備に取り組んでいます。こうした中で、官民の連携や企業間連携が必要になっており、ECONOSEC JAPANの果たす役割はますます重要になっていると言っても過言ではありません。皆さまにとって貴重な機会になることを心から願っています。
鈴木 一人氏 2024年は選挙イヤーであり、特にアメリカ大統領選・議会選の結果次第では、米中対立はさらに激しくなり、規制や関税といった手段を用いて経済を「武器化」する傾向が強まるかもしれません。昨年も議論したとおり、経済インテリジェンスが今まで以上に必要となり、国際社会での出来事がビジネスに直結するようになっていきます。ECONOSEC JAPANを通じて、そうした感度を高めていただければと思います。
伊藤 隆氏 2024年は50カ国(人口計42億人)で選挙が行われます。無論、米国大統領選挙が最大の注目点で、米中関係のみならず、米国の分断、ウクライナやガザでの戦争・戦闘の行方から目が離せません。
日本では外為法の運用が変わり、官民の戦略的対話がますます重要になります。セキュリティ・クリアランス制度も対話を支えることになるでしょう。こうした中、三菱電機は情報漏洩対策に本格的に取り組んでいます。
皆様にとってECONOSEC JAPANが、変化を的確に捉え、打つべき対策を明確にする気づきの機会になれば幸いです。